Fasリガンド中和抗体の臨床応用に向けた基礎研究
(Preventive effect of neutralizing anti-Fas ligand antibody
onhepatitis and hepatocellular carcinoma)
須田貴司
はじめに
今回の特集はゲノム創薬と言うことであるが、ゲノム情報などから、ある疾患の分子メカニズムが明らかになると、その次には、薬剤の標的となりうる分子に狙いを定めて治療薬などを開発する、いわゆる分子標的薬剤開発の出番になる。標的分子が酵素などの場合は低分子阻害剤の開発が可能になるが、細胞表面や細胞外の分子が標的の場合は、中和抗体の開発が有力な選択肢となる。この様な例としては、リュウマチ関節炎やクローン病の治療に効果があるとされる抗TNF抗体やHer2抗原陽性乳癌に対する抗Her2抗体などが既に臨床応用されている。また、抗IL-6受容体抗体は多発性骨髄腫やリュウマチ関節炎の治療に向けた臨床研究が進行中である。我々は、抗Fasリガンド抗体を用いた炎症性疾患治療法の開発を目指した基礎研究を行っている。最近、慢性肝炎から肝がんを発症する動物モデルで、抗Fasリガンド抗体の投与により肝炎ばかりでなく肝がんの発症も著明に抑制されると言う結果が得られた。
Fasリガンド
Fasリガンドは腫瘍壊死因子(Tumornecrosis
factor; TNF)に類似の構造を持つ細胞膜結合型サイトカインで、標的細胞上の受容体Fasに結合すると標的細胞にアポトーシスを誘導するデス因子である1。TNFと同様メタロプロテアーゼによって切断を受け可溶型に転換されるが、TNFの場合と異なり、可溶型Fasリガンドは膜型に比べ著しくその活性が減弱する。Fasリガンドは細胞傷害性T細胞(CTL)の細胞傷害エフェクター分子の一つであると同時に、T細胞自身や他の免疫系の細胞の死や自己寛容にも重要な働きをしていることがあきらかになっいる2。FasやFasリガンドの欠損マウスは異常な形質をもつT細胞が著しく増加し、リンパ腫や脾腫を発症すると同時に、自己抗体の産生に基づくSLE様の自己免疫疾患を引き起こす。人でもFasやFasリガンドの突然変異で同様の異常を呈する遺伝性疾患が発見され、ALPS(Autoimmune Lymphoproliferative Syndrome)と呼ばれている。
肝細胞はFasリガンドに感受性が高い
Fas・Fasリガンド系の機能低下が自己免疫疾患の素因となることや、Fasリガンド様の活性を持つ抗Fas抗体(抗Fasリガンド抗体ではない)がある種の癌細胞を殺すことから、抗Fas抗体やFasリガンドそのものを自己免疫疾患や癌の治療に使えるかも知れない。そこで、抗Fas抗体をマウス腹腔に投与する実験が行われた3。すると、3時間ぐらいでマウスが死んでしまったのである。マウスを解剖してみると、明らかに肝臓が赤黒く変色していた。血清を検査するとGOTとGPTが以上に高く、明らかに肝細胞死が起きていることがわかった。肝組織の切片はいわゆる出血性壊死の像を呈し、電子顕微鏡での解析から肝実質細胞はアポトーシスを起こしていることがわかった。この結果から、肝臓はFasを介したアポトーシスに極めて感受性の高い臓器であることがわかった。実際、肝臓は最もFasの発現が高い臓器の一つでもある。これら結果は、抗Fas抗体やFasリガンドの生体への投与は、かなり工夫が必要であることを示すものであった。しかし同時に、我々はFasリガンドが劇症肝炎の病態形成に関与しているのではないかとの示唆を得ることができた。
可溶型Fas受容体、Fas-Fcによる劇症肝炎マウスの治療
B型、C型肝炎ウイルスなどはそれ自体で肝細胞を殺すことはないといわれている。肝細胞がFasリガンドに高感受性だという発見から、肝炎ウイルスに対するCTLがFasリガンドを使って肝細胞を殺しまくるのが劇症肝炎ではないかとの仮説が浮かんでくる。そこで、我々は劇症肝炎の動物モデルでFasリガンドを中和することにより、治療効果が得られるかを検討した。用いた動物モデルは、肝臓特異的にB型肝炎ウイルスのs抗原を発現するトランスジェニックマウスにs抗原特異的CTLクローンを移植することにより劇症肝炎を誘導するというものである。この実験系で、CTLの移植と同時に人工的な可溶型Fas受容体(Fas-Fc)をマウスに投与すると、肝傷害を劇的に緩和し、マウスは死を免れた4。このほか、LPS誘導肝炎の実験系でも、Fas欠損マウスは高いLPS抵抗性を示すことが明らかになった。これらの結果から、Fasリガンドは劇症肝炎の病態形成に関与していると考えている。ただし現在は、Fasリガンドが全ての肝細胞死に直接かかわっていたとは考えていない。Fasリガンドは炎症の誘導あるいは激化にかかわっているのではないかと考えている(後述)。実際抗Fasリガンド中和抗体は、炎症性肺線維症、炎症性腸疾患など肝臓以外の炎症性疾患の動物モデルでも治療効果を示した。
人の肝炎とFasリガンド
ウイルス性肝炎やアルコール性肝炎の肝組織でFasやFasリガンドの発現が上昇していると言う報告がなされている。ただし、人の肝炎でFasリガンドが病態形成に関与しているという確たる証拠はまだない。確たる証拠は、Fasリ�Kンドを抑制することによる人の肝炎の治療が成功したときに、初めて得られるものかもしれない。また、我々はLGL白血病の患者血清中にFasリガンドが高いレベルで存在することを発見した5。LGL白血病の患者で肝傷害を併発するケースが知られているが、これは白血病細胞の発現するFasリガンドによるものである可能性がある。
慢性肝炎、肝癌に対する抗Fasリガンド抗体治療の効果
はじめに述べたようにFasリガンドはアポトーシスを誘導するサイトカインである。一方、アポトーシスは癌を抑制するメカニズムと考えられている。とすると、肝炎の患者に抗Fasリガンド抗体を投与して治療した場合、肝癌発症の危険性が高まってしまうのだろうか。この点を検討するため、我々は慢性肝炎から肝癌を発症する動物モデルで、抗Fas抗体投与の影響を検討した6。この動物モデルでは、上述のHBs抗原トランスジェニックマウスの胸腺を摘出し、放射線照射して免疫・造血系を除去した後、HBs抗原で感作した野生型マウスの骨髄細胞と脾細胞を移植する。すると、脾細胞移植後1週間をピークとする活動度の高い肝炎が誘導される。脾細胞移植後1ヶ月ほどで血清ALTレベルは正常値近くまで回復するが、その後も組織学的には肝臓内に点在する炎症細胞の浸潤が見られる慢性肝炎の状態へと移行する。徐々に異形細胞の集落の出現や肝委縮が顕著となり、一年以上経って最終的にはほぼ100%のマウスが肝癌を発症する。この動物モデルで、脾細胞移植後最初の1ヶ月間の間、抗Fasリガンド抗体を継続的に投与した。すると、活動期の肝炎が緩和されるばかりでなく、その後の異形細胞集落の出現や肝委縮も著しく緩和され、肝癌の発症率(約13%)も著明に抑制された(図1,図2)。
図1
抗Fasリガンド抗体による肝傷害抑制効果 抗Fasリガンド抗体を感作脾細胞移植後最初の1週間は毎日、その後30日目まで一日置きに皮下(s.c.)あるいは腹腔(i.p.)に投与した。抗Fasリガンド抗体腹腔投与群で対照(PBS投与)群に比べ血清ATL価の上昇が著明にされた。 |
図2
抗Fasリガンド抗体による肝癌予防効果 感作脾細胞移植後1年以上たつと抗Fasリガンド抗体を投与しなかったマウスの肝臓(上段右)は委縮し、大小の腫瘍(矢印)が認められる。癌組織切片をHE染色すると(下段右)周辺部との間に明りょうな境界(矢頭)を持つ肝癌であることが分る。周囲には炎症細胞の浸潤(矢印)が認められることがある。これに対し、抗Fasリガンド抗体を投与した多くのマウスの肝臓(上段左)では委縮が認められず、癌もほとんど認められなかった。肝組織切片のHE染色像も正常であった(下段左)。 |
なぜ抗Fasリガンド抗体は肝癌を抑制し得たのか。
なぜアポトーシスを抑制するはずの抗Fasリガンド抗体が肝癌を抑制し得たのだろうか。我々の現時点での解釈は、抗Fasリガンド抗体は単にCTLなどの発現するFasリガンドによる肝細胞に対する直接的なアポトーシス誘導を抑制するばかりでなく、もっと広い意味での炎症そのものを抑制したのではないかと考えている。その根拠は、1)慢性肝炎の動物モデルで抗Fasリガンド抗体を投与したとき、肝細胞のアポトーシスが減少するだけでなく、細胞浸潤も抑制されていた、2)同モデルで、抗Fasリガンド抗体投与で血中のIL-18レベルの上昇が抑制された、3)Fasリガンドを生体内で異所性に発現させると、炎症が誘導されることが明らかになっている(後述)ことなどである。肝炎に限らず長期的な炎症によるストレスが発癌の素因になりうるという可能性は兼ねてから指摘されている。特に肝炎の場合は慢性肝炎から肝硬変、肝癌と進行していくケースが多く、炎症と発癌の関係が深いと考えられている。したがって、抗Fasリガンド抗体が炎症そのものを抑制したと考えれば、肝癌の発症が抑制されたという結果を良く説明できる(図3)。
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図3
抗Fasリガンド抗体が肝癌を抑制したメカニズム(モデル) アポトーシスは発がんを抑制するメカニズムと考えられており、抗Fasリガンド抗体がアポトーシスを抑制したために癌を抑制したとは考えにくい。Fasリガンドは生体内で炎症誘導作用を示すことが明らかになっており、また慢性炎症は発癌の重要な要因と考えられていることから、抗Fasリガンド抗体はFasリガンドの炎症誘導作用を抑制したことにより肝癌を抑制したと考えられる。
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Fasリガンドによる炎症の分子機構
Fasリガンドを発現させた癌細胞をマウス移植したり、Fasリガンドを膵臓などの臓器に異所性に発現すると、著しい好中球の浸潤をともなう炎症が誘導される7-9。Fasリガンドを発現させた癌細胞をマウス腹腔に移植すると、20時間以内に激しい好中球の浸潤が起こる。このとき、腹腔洗浄液中には炎症性サイトカインであるIL-1βが検出される10。IL-1βはFasリガンド刺激によりアポトーシスを起こした好中球の中で、不活性なプロIL-1βがカスパーゼの活性化に伴って活性型に転換されて分泌されることが明らかになった。最近、Fasリガンドは生体内でIL-1β以外にも様々なサイトカインが産生を誘導することが分って来ているが、そのメカニズムについては今後の課題である。Fasリガンドによる炎症誘導の分子機構の詳細が明らかになれば、それを阻害する低分子薬剤の開発も可能となるかもしれない。
一方、目や性巣など免疫特権組織として知られる組織にはFasリガンドが発現していて、これらの組織に炎症細胞が進入してきたときにFasリガンドで返り討ちにしてしまうことによって免疫特権が成立していると言われている。即ち、免疫特権組織においては、Fasリガンドは炎症を抑制することになる。なぜ免疫特権組織ではFasリガンドが炎症抑制に働くのか、その分子メカニズムは今のところ明らかでないが、この方面の研究からもFasリガンドによる炎症を逆手にとって、炎症抑制へ導く方法が見つかるかも知れない。
文献
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Kasugai, Y. Kitamura, N. Itoh,T. Sudaand S. Nagata; Lethal effect of the
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4. T. Kondo, T. Suda, H.Fukuyama, M. Adachiand S. Nagata; Essential
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6. Y. Nakamoto, S. Kaneko, H.Fan, T. Momoi, H. Tsutsui, K. Nakanishi,
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locally produced CD95 ligand.Nat.Med., 3:165-170 (1997)
8. J. Allison, H. M. Georgiou,A. Strasserand D. L. Vaux; Transgenic
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