Apoptosis, necroptosis, pyroptosis, ferroptosisなどのカタカナ標記について
2015年5月28日 須田
近年、apoptosis以外にも様々なプログラム細胞死(programmed
cell death)または制御された細胞死(regulated cell death)の様式(mode)が報告され、necroptosis, pyroptosis, ferroptosisなど様々なネーミングが提唱されている。最近、研究者の知人からこれらのカタカナ標記について相談を受けたので、私の意見を纏めてみた。
相談は、真ん中のpを"プ“と標記すべきかどうかという内容である。どちらでも良いではないかという方も多いとは思うが、同じことを表すのに2つのカタカナ表記があるのは面倒くさい。もし興味があったら、読んでみて欲しい。
まず、apoptosisについてである。アポトーシスかアポプトーシスか。ちなみにヤフーでアポトーシスを検索すると43万件、アポプトーシスを検索すると3580件ヒットする。ウィキペディアでもアポトーシスになっている。ということで、apoptosisのカタカナ標記については、すでにアポトーシスが一般化している。私自身長いことapoptosisの研究をしているが、常にアポトーシスと標記しているし、ほとんどの細胞死研究者がこのカタカナ標記を採用している。ところが文部省の主導で編纂された学術用語集ではapoptosisの日本語標記は細胞自滅(アポプトーシス)となっているそうである。ウ〜ン。漢字表記もイマイチである。
英語版Wikipediaでapoptosisの項に、以下のような記載がある。
In the original Kerr Wyllie and Currie paper, British
Journal of Cancer, 1972 Aug;26(4):239-57, there is a footnote regarding the
pronunciation:
"We are most grateful to Professor James Cormack of
the Department of Greek, University of Aberdeen, for suggesting this term. The
word "apoptosis" (ἀπόπτωσις) is used in Greek to describe the
"dropping off" or "falling off" of petals from flowers, or
leaves from trees. To show the derivation clearly, we propose that the stress
should be on the penultimate syllable, the second half of the word being
pronounced like "ptosis" (with the "p" silent), which comes
from the same root "to fall", and is already used to describe the
drooping of the upper eyelid."
つまり正式にはptosisのpは発音しないということだ。知人からpがサイレントというのは無声音(声帯を振動させない音)という意味で、破裂音はさせるのではないかという主旨のコメントをいただいた。しかし、p(破裂音)はもともと無声音なので、破裂音をさせるならわざわざsilentとは書かないだろう。しいて言えば、pの音の長さだけ無音になるので、ゆっくり発音すれば、アポとトーシスの間が一瞬途切れるというところだろう。ということで、apoptosisはアポトーシスが正式な発音に近い、と思う。
さらに、知人から、「ある研究者がアメリカでアポトーシスと発音したら通じず、アポプトーシスと発音したら通じたそうで、学生にはアポプトーシスと覚えさせた方が良いのではないか」とのコメントをいただいた。確かにアメリカ人はpを発音する人も多いという印象である。しかし、アメリカ人のギリシャ語の発音が正しいとは限らない。さらに、アメリカ人の発音を聞いてもア(エイ)ポトーシスと聞こえる人もア(エイ)ポプトーシスと聞こえる人もいる(http://www.howjsay.com/index.php?word=apoptosis)。アポトーシスといったら通じずにアポプトーシスといったら通じたというのは何かの勘違いか、たまたま相手のアメリカ人がptosisのpを発音しなくて良いことを知らなかったのだろう。
ということで、私の結論は、既に一般化している点、正式な発音に近い点でapoptosisのカタカナ表記はアポトーシスに統一するのが妥当である、としたい。
次に、pyroptosisについて。パイロトーシスかパイロプトーシスか。これについても命名者のCooksonが総説の中で次のように記載している。
We have proposed the term pyroptosis from the Greek roots
“pyro,” relating to fire or fever, and “ptosis” (pronounced “to-sis”), denoting
falling, to describe proinflammatory programmed cell death.
したがって、pyroptosisもパイロトーシスの方が正式な発音に近い。Cooksonは似たようなことを3つの総説で繰り返して書いているので、よほどこのことを周知したかったのだと思う。実は、私もアメリカ人が真ん中のpを発音しているように聞こえて、総説でパイロプトーシスとかピロプトーシスと表記したことがある。しかし、Cooksonの総説を読み直して、最近はパイロトーシスに統一している。
ついでにpyroptosisのpyroはpyrogenのpyroと同源で、pyrogenのカタカナ表記はパイロジェンが普及していることから、ピロトーシスよりパイロトーシスの方がカタカナ表記として適切だろう。
Necroptosisやferroptosisについては、命名者による発音に関する記述が(みつから)ない。まだ日本ではそれほど流行っていないので、ヤフーで検索しても、真ん中にプを入れるのと入れないのでどちらが一般的か判定することは難しい。
しかし、いかに学術用語とは言え、アメリカ人の発音を勘案して複数のカタカナ標記が混在する状況では日本語で学ぶ学生が混乱する。原則的に統一すべきだと思う。私の意見では、アポトーシスの前例に倣い、ネクロトーシス、フェロトーシスに統一するのが分かりやすいように思うが、いかがだろうか。
参考までに、上述Wikipediaのapoptosisの項に記載されているように、apoptosisなどのptosisと同じ語源で、(眼瞼)下垂(症)という意味のptosisという英語がある。その発音もtō¢-sis (ステッドマン医学大辞典)またはtóusis (goo辞書)である。
(追記)本小文をアップした後、知人より、ギリシャ人からギリシャ語ではpを発音するとの指摘があったとの連絡があった。英語でもpを発音するのが趨勢になりつつあるようだ。ただ、プ(pu)と発音するのが正しいわけでもなく、いづれにしてもカタカナ標記で完全に英語の発音をコピーできるわけではない。ポテトをポテイトに変えようという人もいないだろう。
命名者がpを発音しないと指定しているapoptosisとpyroptosisについては、やはりアポトーシス、パイロトーシスで良いように思う。
necroptosisとferroptosisについても、前例に倣うのが基本だとは思うが、もし命名者が発音について言及していないのであれば、学生が英語の発表する時にカタカナ標記通りに発音しても、少しでも通じやすいようにプを入れた方が良いという主張にも一理ある。ただ、学生が英語で発表するなら正しい英語の発音を指導すべきだろう。
ここまで読んでもらって申し訳ないが、両方(プを入れても入れなくても)正解でもいいんじゃないの、という気もしてきた。