アポトーシスと炎症は親戚関係
(The
apoptosis is kin to the inflammation)
須 田 貴 司
実験医学 (2001) Vol.19 No.13
増刊 p198-205 第2章 細胞死と医学 3)免疫
はじめに
アポトーシス関連の正書を読むと「アポトーシスは炎症を誘導しない細胞死」と言うことがしばしば強調されて書かれている。発生過程のプログラム細胞死など生理的な細胞死の多くがアポトーシスであり、そのような場合に疼痛、発赤、発熱を伴うようないわゆる炎症が起こっていたのでは不都合であろう。また、ネクローシス(壊死)ではプロテアーゼなどを含む細胞内容物が漏出し、周囲の細胞を傷害したり、炎症を引き起こしたりするが、アポトーシスを起こした細胞は、内容物が漏出する前に貪食細胞や周囲の細胞に吸収されてしまうため炎症は誘導しないといわれている。これらのことがアポトーシスと炎症の関係を排他的にとらえる上述のドグマが出来上がった理由だろう。そして多くの人の頭の中でアポトーシスと炎症は「他人の関係」になってしまっているようである。ところが、我々は最近アポトーシスが炎症を誘導あるいは促進する場合を発見してしまった。これはある特殊な状況ではあるが、ドグマの一端が崩れたことには代りはない。その気で考えると、実はアポトーシスと炎症の間には深〜い関係があることが見えてくる。本稿では、先ず分子のレベルでアポトーシスと炎症が親戚関係にあることを得心していただく。その上で、アポトーシスが炎症を誘導する場合について我々の研究成果を中心に解説する。
1. アポトーシスと炎症の深〜い関係
1) 炎症って何?
炎症という言葉は医学では良く使われる言葉であるが、免疫学的にはかなりあいまいな言葉である。ステッドマンの医学辞典によると、炎症とは「様々な異常刺激による血管及び隣接する組織に起こる細胞学的、組織学的反応の動的な複合体からなる基本的な病理学上の過程」である。よく炎症の4主徴は「発赤、熱感、腫脹、疼痛(患部が赤く熱っぽくなり、腫れて疼くように痛むこと)」とされているが、通常炎症と呼ばれるものがその全てを満たすわけではないようである。さらに、炎症という病態生理学的な過程には「@局部反応とその結果起こる形態学的変化、A原因物質の破壊又は除去、B修復と治癒の過程が含まれる」とされている(図1)。このうち特にAの過程では免疫系が重要な役割を果たしている。
図1 炎症の経過とアポトーシス @局部反応とその結果起こる形態学的変化:ウイルスや細菌などの異物が侵入すると、それを認識したリンパ球や貪食細胞から放出される炎症誘導因子により血管が拡張して発赤、熱感が現れ、血管の透過性が亢進して滲出液により腫脹が現れる。また、白血球の組織への浸潤も起こる。A原因物質の破壊又は除去:浸潤したヘルパーT細胞(Th)はサイトカインを産生し、他の白血球を活性化する。B細胞は抗体を産生して異物を凝集し、好中球(N)やマクロファージ(M)による異物の貪食を促進する。細胞傷害性T細胞(CTL)はウイルス感染細胞などにアポトーシスを誘導する。B修復と治癒:異物の除去が終わると、役目を負えた白血球はアポトーシスを起す。損傷した組織は修復されるが、損傷がひどいときは一部は繊維化される。A、Bにおいてアポトーシス細胞はマクロファージなどによって貪食される。 炎症のムービーへリンク(http://blip.tv/file/282053) |
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2) 炎症とアポトーシスの分子レベルでの意外に密接な関係
それでは、アポトーシスと炎症は本当に他人の関係なのであろうか。分子レベルで見るとアポトーシスと炎症は、実は親戚関係にあることが分かる。以下にその実例を述べる。
2-i) カスパーゼと炎症性サイトカイン
IL-1と言えば代表的な炎症誘導サイトカインである。その一つであるIL-1βは不活性な前駆体として産生され、IL-1β converting enzyme
(ICE)によって前駆体ドメインが切断されて活性型となる。別の炎症関連サイトカインであるIL-18も同様の機構でICEにより活性化される。そして良く知られるようにこのICEこそ最初に発見されたカスパーゼ(カスパーゼ1)である(図2)。カスパーゼはアポトーシスの実行過程を司る一群のシステインプロテアーゼである(カスパーゼの項参照)。実際にICE/カスパーゼ1を過剰発現させるとアポトーシスが誘導されることが示されている(1)。カスパーゼ11もカスパーゼ1の活性化を介してIL-1βやIL-18の活性化に関与している(2)。即ち、アポトーシスを司るカスパーゼの一部が代表的な炎症性サイトカインの活性化を制御しているのである。このことだけでも炎症とアポトーシスの間にはドグマに反して深いつながりがあることが予感される。
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図2 カスパーゼと炎症 リポポリサッカライド(LPS)などで刺激すると、カスパーゼ11,カスパーゼ1が順に活性化され、活性型カスパーゼ1によりIL-1βやIL-18などの炎症性サイトカインが活性化される。カスパーゼのカスケード反応はアポトーシスばかりでなく、炎症でも働いているのである。 |
2-ii) アポトーシスと炎症誘導のシグナル伝達経路の類似性
アポトーシスと炎症の分子レベルでのつながりは他にもある。TNF (tumor necrosis factor) と呼ばれるサイトカインはアポトーシス誘導因子(=デス因子)であると同時に炎症性サイトカインとしても知られる。TNF受容体にはI 型とII 型の二種類あり、前者が主にアポトーシスを誘導し後者が炎症誘導に関与すると言われているが、実際はそれほど単純ではない。確かにI 型TNF受容体はTNFのシグナルをアポトーシス誘導シグナルに変換する典型的なデス受容体である。この受容体はTRADD, FADDと呼ばれるアダプター分子を介してカスパーゼ8 を活性化させ、アポトーシスを誘導する(米原の稿参照)。ところが、TRADDはRIPと呼ばれる別のアダプター分子を介してNF-kBの活性化も誘導する。NF-kBは上述のIL-1やII 型TNF受容体の下流でも活性化され、炎症誘導に関与する最も重要な転写因子である。即ち一つの受容体からアポトーシスと炎症誘導のシグナルが同時に発せられるのである(図3)。同様のことはIL-1受容体やトル様受容体でも言える。トル様受容体とはリポポリサッカライド(LPS)など病原体の成分に対するセンサーとして働き、炎症誘導に関わる細胞表面分子である。これらの受容体はMyD88、IRAKと呼ばれるアダプター分子を介してNF-kBを活性化する。面白いことに、最近MyD88がFADDを介してカスパーゼ8を活性化してアポトーシスを誘導することが報告された(3)。図3を見ていただければ、代表的なアポトーシス誘導因子であるTNFと代表的な炎症誘導因子であるIL-1のシグナル伝達経路が非常に類似していることがお分かりだろう。さらに、この図に示すようにMyD88, IRAKは単に機能的にTRADD, RIPに似ていると言うだけでなく、デス因子受容体やTRADD, FADDに存在し、デスドメインと呼ばれる蛋白分子間の結合に関与するモジュールを共有しているのである。これらの事実は分子進化の観点から見て、アポトーシスと炎症が共通の祖先的分子経路から生じたことを示すと考えられる。図3に示すようにNF-kBはアポトーシスを抑制する方向で働く。しかし、これをもって炎症反応はアポトーシスを抑制すると考えるのは短絡的であり、むしろ炎症とアポトーシスが緊密に協調しあっている証拠と考えるべきではないだろうか。
図3 I型TNF受容体とIL-1受容体のシグナル伝達経路の類似性。
デス受容体であるI型TNF受容体は細胞内にデスドメイン(DD)を持ち、DDを持つアダプター分子TRADD、FADDを介してカスパーゼ8を活性化する。また、TRADDはDDとキナーゼドメインを持つRIPを介して、NF-kBの活性化も誘導する。一方、代表的炎症性サイトカインであるIL-1の受容体は細胞内にTIRドメインをもち、TIRとDDを持つアダプター分子MyD88、さらにデスドメインとキナーゼドメインを持つIRAKを介してNF-kBを活性化する。また、MyD88はFADD 、カスパーゼ8を介してアポトーシスを誘導しうるという報告がある。IRAKとRIPのキナーゼドメインはNF-kBの活性化には不要であると言われている。NF-kBの活性化は免疫機能の活性化を誘導すると同時にアポトーシスを抑制すると考えられている。DEDはデスエフェクタードメイン。
最近猪原らはApaf (apoptotic protease activating
factor)-1やCed-4と相同のドメイン構造を持つ新規ヒト蛋白質Nod1、Nod2を発見した。Apaf-1はアポトーシスを起している細胞の細胞質に存在し、カスパーゼ3の活性化を誘導するApafのコンポーネントとして発見され、線虫のアポトーシス実行因子の一つCed-4の哺乳動物におけるホモログと言われる分子でもある。もう少し付け加えると、Apaf-1はアポトーシスの過程でミトコンドリアから放出されたチトクロームcとの結合を契機に、カスパーゼ9に結合してそれを活性化する分子である。Nod1、Nod2分子はApaf-1同様カスパーゼ9に結合してアポトーシスを誘導すると同時にNF-kBの活性化を誘導する作用があるらしい。さらに面白いことにNod1、Nod2は細菌成分であるLPSに結合し、その結果としてNF-kBを活性化する。これらの分子が細菌感染による炎症に重要な働きをしているとすれば、トル様受容体の発見と並ぶ大発見であると同時に、アポトーシスと炎症のシグナル伝達経路の類似性を示す好例の一つと考えられる。
このように、アポトーシスと炎症は分子レベルで見ると親戚関係にあり、進化的に密接な関係があることに気づく。
3) アポトーシスと炎症は機能的にも関係が深い。
「炎症って何?」の項で述べたように炎症反応の目的は組織を傷害する異物を破壊・除去し、損傷を修復することである。この異物にはウイルスや化学物質などによる修飾で異物化された自己細胞も含まれる。一方アポトーシスは不要になった自己細胞や異物化された細胞を排除する機構である。こう考えると炎症とアポトーシスの目的は一部重複しており、アポトーシスと炎症が密接な関連をもって進化してきたものであるという考えにうなずけるだろう。また、炎症細胞(好中球や活性化マクロファージ)が放出する活性酸素などの細胞傷害因子、細胞傷害性T細胞などが産生するデス因子(アポトーシス誘導サイトカイン)は標的細胞にアポトーシスを誘導するし、炎症の終息期には不要になった炎症細胞がアポトーシスを起して消滅していく。従って、少なくとも炎症の過程ではアポトーシスが頻繁に起こっている。アポトーシスを起した細胞は貪食細胞によって排除されなければならないが、このステップは炎症に特有のことではなく、アポトーシス一般についてそう考えられている。さらに、アポトーシスが炎症を促進することもある。これについて次の項で詳しく述べる。
2. Fasリガンドを介したアポトーシスと炎症
著者がアポトーシスと炎症の関係に関心を持ち始めたのは、我々が研究しているFasリガンドと名付けたアポトーシス誘導因子が、炎症誘導作用を持つことが明らかになったことからである。そこで後半は、Fasリガンドのアポトーシス誘導作用と炎症誘導作用の関係について述べたい。
1) Fasリガンドって何?
FasリガンドはTNFファミリーに属するデス因子の一種で、標的細胞上の受容体Fasに結合することにより、標的細胞にアポトーシスを誘導する(4)。TNFα同様、膜結合型サイトカインとして産生されるが、メタロプロテアーゼによるプロセシングを受けると可溶型に転換する。アポトーシス誘導活性は主に膜型が担い、ヒト可溶型Fasリガンドはある程度アポトーシス誘導活性を示すが、マウスの可溶型Fasリガンドはほとんどその活性を示さない。抗原で活性化されたT細胞などに発現し、細胞傷害性T細胞がウイルス感染細胞や癌細胞にアポトーシスを誘導するためのエフェクター分子として働いている。また、T細胞も状況に応じてFasリガンドに感受性を示し、特に活性化T細胞は自身の発現するFasリガンドでまさに自殺することによってその数がコントロールされている。そのため、FasやFasリガンドの突然変異マウスは、T細胞の数が異常に増加する。またこれらの突然変異マウスは自己抗体を産生しSLE型の自己免疫疾患を発症する。このことからFasリガンドは自己反応性T細胞やB細胞の除去に関与していることが明らかになっている。
2) Fasリガンドと免疫特権
眼、精巣は古くから炎症を起こしにくい組織 (免疫特権組織) として知れている。これらの組織にはFasリガンドが発現しており、浸潤してくる炎症細胞を返り討ちにしてしまうことで炎症による重度の機能障害から守られていると考えられている(5,6)。この考えを発展させると、移植組織にFasリガンドを発現させておけば、拒絶反応が抑制できる可能性が考えられ、そのような試みもなされている。また、がん組織にFasリガンドが発現しており、がん細胞が免疫系の攻撃を回避する一つの手段としてFasリガンドを利用している可能性を示唆する報告も多い(7)。しかし、筆者の知る限り実際にFasリガンドを発現した癌細胞が生体内で免疫を抑制し、Fasリガンドが腫瘍形成に有利に働いているという実験的な根拠は乏しい。
3) Fasリガンドによる炎症の誘導
活性化T細胞はFasリガンドに感受性が高いことから、Fasリガンドが免疫を抑制する可能性については、我々も検討していた。大分以前のことであるが、我々は同系マウスに移植するといったんは腫瘍を形成するが、T細胞依存性の免疫により3週間ほどで拒絶されるがん細胞に人工的にFasリガンドを発現させ、拒絶が遅延するか検討した。すると、予想に反してがん細胞の拒絶はむしろ促進されてしまい、我々の実験はそこで棚上げになっていた。その後、上述のようにFasリガンドが免疫特権に関与しているという報告がなされ、首をひねっていた。なぜFasリガンド発現がん細胞は拒絶が促進されたのか、その答えは清野らによって明らかにされた。彼らはFasリガンドを発現したがん細胞は好中球の浸潤を伴う炎症を誘導し、それによって拒絶されることを示したのである(8)。我々もFasリガンドを発現させた癌細胞をマウス腹腔に移植すると、十数時間のうちに腹腔内に好中球が浸潤してくることを認めた(図4)。Fasリガンド遺伝子をトランスジェニックマウスの手法やアデノウイルスベクターを用いた方法ですい臓に発現させると、やはり強い好中球の浸潤が起こり、組織が破壊されると報告されている(9,10)。これらのことから、Fasリガンドには炎症を誘導する作用があることが明らかになった。
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図4 Fasリガンドによる炎症誘導 Fasリガンド遺伝子を導入したがん細胞株(MAFL)を同系マウスの腹腔に移植すると、対照がん細胞株(MethA)を移植したときに比べ、著しい好中球の浸潤が誘導される。 |
Fasリガンドの炎症誘導作用の分子機構
Fasリガンドは炎症を誘導したり抑制したりすると言う報告は一見矛盾しているが、これらの結果を統一的に説明することは不可能だろうか。そこで我々は一つの仮説を立てた(図5)。Fasリガンドはカスパーゼの活性化を介してアポトーシスを誘導する。また、前述のようにカスペース1はIL-1βを活性型に転換する酵素である。とすれば、前駆体IL-1βを発現している炎症細胞(好中球やマクロファージ)にFasリガンドを作用させれば、アポトーシスが誘導され炎症細胞は死ぬが、同時にカスパーゼ1が活性化されて活性型IL-1βが産生され、それによって炎症が促進されるのではないかと考えたのである。炎症細胞のアポトーシスによる死が、皮肉にも炎症を促進するという考えである。そしてもし、ある組織にFasリガンドと同時に炎症性サイトカインの活性を抑制する何らかの分子が発現していたら、炎症細胞はFasリガンドで殺され、そこで炎症は終息してしまう。つまり免疫特権状態が成立するのではないか。
この仮説を検証するため、まず前述のがん細胞をマウスの腹腔に移植する実験で腹腔洗浄液中のIL-1βを定量したところ、確かにFasリガンドを発現させたがん細胞を移植したときのみIL-1βが検出された(11)。さらに好中球に富む炎症性浸潤細胞をFasリガンドの存在下で18時間培養したところ、炎症細胞にアポトーシスが誘導されると同時に活性型IL-1βの放出が認められた。Fasリガンドの変わりにスタウロスポリンと言う薬剤でアポトーシスを誘導した場合にも活性型IL-1βの放出が誘導された。ところが、好中球は寿命の短い細胞で、18時間培養すれば何の刺激も加えなくても40%位の細胞はアポトーシスを起すのであるが、その場合はIL-1βの放出は起こらない。つまり、プログラム細胞死のような自然なアポトーシスではIL-1βは放出されず、Fasリガンドや薬剤で強くアポトーシスを誘導したときのみIL-1βが放出されるのである。Fasリガンドの炎症誘導作用にIL-1が関与していることを確認するため、IL-1遺伝子のノックアウトマウスの腹腔にFasリガンド発現がん細胞を投与したところ、好中球の浸潤が著名に低下した。これらの結果から我々の仮説の半分はほぼ正しいことが示された。ひとつ仮説と違ったのは、Fasリガンド刺激によるIL-1βの産生は、カスパーゼ阻害剤により抑制されるが、カスパーゼ1遺伝子を破壊したマウス由来の炎症細胞を用いても起こたことである。カスパーゼ1以外にもいくつかのセリンプロテアーゼがIL-1βを活性化しうることは知られていたが、カスパーゼ1欠損マウスはLPS刺激によるIL-1βの活性化がほとんど見られないことから、実際には専らカスパーゼ1がIL-1βの活性化を担うと考えられていた。従って、我々の知見は生体内でカスパーゼ1非依存性に(但し、何らかのカスパーゼに依存性に)IL-1βが活性化しうることを示したという意味でも最初の例であろう。その後、Propionibacterium acnesで活性化したマクロファージをFasリガンドで刺激するとカスパーゼ1非依存性にIL-18が活性型に転換されて分泌されると言う報告もなされている(12)。
図5 Fasリガンドによる炎症の促進と抑制のメカニズム(モデル) Fasリガンドは好中球やマクロファージ などの炎症細胞に作用すると、カスパーゼの活性化を介して、アポトーシスと炎症性サイトカインの活性化を同時に誘導する。その結果、当の炎症細胞は死んでも、さらに強い炎症細胞の浸潤が誘導されてしまう。しかし、炎症性サイトカインの作用が抑制されるような環境が存在する場合には、炎症細胞が死ぬことにより炎症抑制に作用すると考えられる。 |
我々はFasリガンドが生体内で炎症を誘導する過程を以下のように考えている。Fasリガンドががん細胞や組織に異所性に発現すると、通常の状態で体中を監視して巡回している、或いは弱い炎症反応で集まった好中球などがその場でアポトーシスを起こし、活性型のIL-1βを放出して炎症を誘導、促進するのではないだろうか。ただし、IL-1を欠損したマウスでも、ある程度Fasリガンド刺激による好中球の浸潤は起こるし、Fasリガンド発現がん細胞が早く拒絶される傾向も変わらない。これらのことから我々は、IL-1以外にもFasリガンド刺激により誘導される炎症誘導因子が存在すると考え、その同定を試みている。清野ら(13)やOttonelloら(14)は可溶型のFasリガンドが好中球に対し培養器の中で走化性因子として働くと報告しているが、生体内で見られるFasリガンドの好中球浸潤誘導活性や腫瘍拒絶促進作用は膜型Fasリガンドに担われており、可溶型Fasリガンドにはそのような活性はなかった(15,16)。
ところで、我々の仮説の残りの半分、すなわち「免疫特権組織ではなぜFasリガンドにより炎症が促進されずに逆に抑制されるのか」については、その分子機構の詳細は未だ不明である。しかし、眼ではIL-1レセプターアンタゴニスト(IL-1ra)が恒常的に発現していることが報告されている。また、Fasリガンドを発現させたがん細胞に炎症抑制作用持つTGFβを同時に発現させると、Fasリガンドの炎症誘導作用がキャンセルされると言う報告もある。従って上述のように、Fasリガンドにより好中球などの炎症細胞がアポトーシスを起し、IL-1βが放出されても、その作用が発揮されない様な状況が同時に存在すれば、Fasリガンドは活性化T細胞を含む炎症細胞を殺す分だけ、炎症抑制の方向に働くと考えられる。
4. 炎症性疾患とFasリガンド
主に動物モデルを用いた研究から、Fasリガンドは劇症肝炎や移植片対宿主病など、炎症性の組織障害が病態を形成する様々な疾患に関与していることが明らかになってきた(17,18)。我々は当初、細胞傷害性T細胞などがFasリガンドを使って直接的にアポトーシスを誘導することが組織傷害の主な原因と考えていた。しかし、肝臓のようにFasリガンドにより強くアポトーシスが誘導される組織ばかりでなく、様々な組織の炎症性疾患にFasリガンドが関与していることから、Fasリガンドの炎症誘導作用がこれらの疾患で重要な役割を果たしていると考えている。また、動物モデルでの話であるが、Fasリガンドの活性を中和するFas-Fc融合蛋白や抗Fasリガンド抗体などが種々の炎症性疾患の治療に効果を示していることから、将来これらの疾患に対する新しい治療法に発展することを期待している。
おわりに
アポトーシスと炎症はドグマティックに言われるように単純に排他的な関係ではないことが解っていただけたであろうか。アポトーシスの結果として炎症が促進される場合すらある。もちろん我々が示したのは"細胞内に炎症性サイトカインを抱えた炎症細胞にアポトーシスを誘導した場合"と言う特殊なケースではあるが、アポトーシスと炎症が緊密な連携していることを示す細胞、個体レベルでの証拠を示せたと言う意味では重要な発見だと思う。「アポトーシスと炎症は親戚関係」という観点からこれらの現象を見なおすと、分子、細胞、個体のレベルで色々と新しい局面が見えてくるかも知れない。
文献
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略語
ICE; IL-1β
converting enzyme
TNF;
tumor necrosis factor
TRADD;
TNF receptor 1-associated death domain protein
FADD; Fas-associating
protein with death domain
RIP;
receptor interacting protein
MyD88;
myeloid differentiation factor 88
IRAK; IL-1
receptor-associated kinase
NF-kB; nuclear factor kappa B