新型コロナウイルス感染症の現状と対策(提言)
2020年4月22日
金沢大学がん進展制御研究所 免疫炎症制御研究分野 須田貴司
新型コロナウイルスの蔓延は中国から欧米にその中心地が変わり、欧米諸国では包括的行動制限と広範なPCR検査と隔離を行うことで流行を止めようとしている。一足先に流行拡大阻止に成功した韓国はこの方法を採用した。一方、日本ではPCR検査の対象を制限し、クラスター対策で感染拡大を阻止しようとして来た。現状、日本は欧米諸国に比べると感染者の数が抑えられているように見えるため、PCR検査の対象を拡大することには慎重な意見もある。しかし、人海戦術による日本のクラスター対策は既に限界に達している。包括的行動制限は経済に与えるダメージが大きい。小生は感染症の専門家ではないが、科学者としての感覚からすればPCR検査によって感染者を特定し、流行の状況を出来るだけ正確に把握する以外に、科学的に対策を講じることができないのは自明である。早急に広範なPCR検査と陽性者の隔離を行える体制を整えた上で、包括的行動制限を解除する以外に感染爆発と経済破綻を同時に防ぐ方法はないだろう。
1)新型コロナ感染拡大を抑制するために有効と考えられる国家レベルの対策の類型
1)新型コロナ感染拡大を抑制するために有効と考えられる国家レベルの対策の類型
1.クラスター対策:感染者との濃厚接触者を特定し、感染クラスターを発見して2次感染を防止する。感染者の数が少ない初期に有効だが、感染経路不明の感染者が増加した状況では有効な対策とはならない。
2.包括的行動制限:特定地域あるいは全国の住人の移動と接触を包括的に制限する。流行拡大期に有効な対策となりうるが、経済的な損失が大きく、長期間継続的に行うことは出来ない。
3.検査と隔離:広範なPCR検査による感染者の特定と隔離を行う。感染経路不明の感染者が増加した状況でも有効な対策で、経済的な損失を包括的行動制限よりも小さくすることが出来る。
4.治療薬やワクチンの開発:長期的には最も抜本的な対策であるが、新薬やワクチンの開発、安全性の確認には年単位の時間がかかる。既存の抗ウイルス薬などの有効性が確認できれば新型コロナとの戦いの強力な武器になる。
2月頃までは武漢タイプのウイルスによる小規模のクラスター感染が中心で、クラスター対策が良く機能したこともあり、感染の広がりを抑制することに成功していた。しかし、欧州型の変異ウイルスによるナイル川クルーズ関連のクラスターが発生した3月中旬ごろから感染の拡大が始まったと思われる。4月に入ると感染経路不明の感染者が増加し、人海戦術によるクラスター対策の有効性が失われ、感染の拡大が加速した。しかし、3月25日の都知事の外出自粛要請や4月7日の首相の緊急事態宣言などによる包括的行動制限の効果が4月中旬ごろから現れはじめ、4月21日現在、厚生労働省発表の新規PCR検査陽性者数の増加は止まっている。このような流れの結果として、4月21日厚生労働省発表の国内PCR検査陽性者数(チャーター便帰国者を除く)は累計10,974人、死亡者は186人となっている(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html#kokunaihassei)。PCRで感染が判明してから死亡するまでの平均日数が分からないので何とも言えないが、毎日の死亡者数はもうしばらく増加傾向が続く可能性がある。
上記の日本のPCR検査陽性者数、死亡者数は、米国やスペイン、イタリア、フランス、ドイツ、イギリスなどの感染者数、死亡者数と比べると桁違いに少ない(https://www.afpbb.com/articles/-/3279514)。日本はPCR検査件数が極めて少ないため、PCR検査陽性者数を他国の感染者数と比べることはできないと言われているが、死亡者数が極めて少ないことは特筆に値する。このことは、新型コロナ感染症の致死率が日本では上記欧米諸国と半分程度に抑えられていると仮定しても、感染者数でも日本は上記の欧米諸国に比べて圧倒的少ないことを示すと思われる。その理由は不明であるが、個人レベルの感染対策として手洗いやマスク着用が定着している、家に入る時に靴を脱ぐ、ハグやキスをしないなどの生活習慣が功を奏した可能性は高い。初期のクラスター対策も有効であったと思われる。他にもBCGの接種や遺伝的な素因も寄与しているかもしれないが、現時点では想像に過ぎない。
一方、中国や韓国、オーストラリアでは100万人当たりの1週間の新規感染者数が継続的に減少し、1〜10人になっている(https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/trajectory.html)。イタリアやドイツ、フランスでも新規感染者数が減少する傾向が明確になりつつある。これらの国では徹底的な包括的行動制限やPCR検査と隔離を行うことで感染拡大の抑え込みに成功した(しつつある)と考えられる。日本も包括的行動制限で一時的に感染の拡大が抑制されているとは言え、制限を弱めたとたんに再び感染拡大に転じる可能性が高い。
上述のように、包括的行動制限により日本でも4月中旬以降、新規PCR検査陽性者数の増加が止まり、ここ数日はわずかに減少する傾向が認められる。しかし、徹底したPCR検査と隔離が行われていない現状では、包括的行動制限を弱めれば直ちに増加に転ずると思われる。人海戦術によるクラスター対策は限界に達し、包括的行動制限は経済的ダメージを考えると短期的な時間稼ぎにしかならない。これらの事を考えると、時間稼ぎしている間に、早急に徹底的なPCR検査と隔離を行える体制を整える必要がある。現在はクラスター追跡で濃厚接触者と判断されれば無症状でも検査する一方、医師が必要と判断した患者でも保健所が検査を拒むことがあるという矛盾が生じている。PCR検査は、検査のキャパシティーや軽症者の隔離施設のキャパシティーを増やしつつ、必要性の高い人から順に対象を拡大し、少なくとも医師が必要と判断する者は早期に検査を受けられるようにすべきである。その上で、陽性者の内、軽症者は医師などによる定期的な健康チェックが可能な宿泊施設での隔離し、中等症以上の者は重症者を優先して病院に入院させる。陰性者にも、偽陰性の可能性もあることを充分に説明し、2週間程度の自宅での自主隔離と健康チェックを強く要請する必要がある。早急にこのような体制を整えた上で包括的行動制限を解除する他に感染の爆発と経済の破綻を同時に防ぐ方法はないだろう。院内感染を防ぐためには、感染者と濃厚接触するリスクの高い医師や看護師も症状の有無に関わらず定期的にPCR検査を受けることが望ましい。さらに検査キャパシティーに余裕があれば無症状者でも自費で検査を受けられるようにし、陽性なら無症状の内は自宅隔離、発症したら宿泊施設や病院に隔離すれば良い。また、流行の状況を把握する目的で無作為のサンプル調査も行うことができれば、流行の状況に応じた適切な対策をとることが可能になるとともに、将来の新興感染症対策の構築に貴重なデータが得られるのではないだろうか。
何故これまで日本では徹底的なPCR検査が行えなかったのだろうか。国内のPCR検査のキャパシティー(一日にこなせる検査数)が少ないことが原因の一つと言われている。検査ロボットの導入などで早急に検査キャパシティーの大幅な増加を図る必要がある。これにより検体の採取から検査結果が出るまでに日数も短縮する必要がある。PCR検査の不足はWHOや有識者に何度も指摘されていながら未だに十分な検査体制が整えられていないとすれは、極めて対応が遅いと言わざるを得ない。
PCRの検査を増やすことで無症状や軽症の感染者が沢山見つかると病院の収容能力を超えてしまい、重傷者を収容できなくなるという指摘もある。しかし、無症状者や軽症者は病院に入院する必要はなく、宿泊施設などに隔離すれば解決する問題である。この点は既にその方向で準備が進められている。
さらに、最近の報道を見ると、クラスター対策のために割ける保健所の人員に限りがあり、感染者の発見を抑える必要に迫られて保健所のレベルでPCR検査を抑制しているらしい。これでは感染者を効率的に発見するためのクラスター対策が感染者の発見を抑制する結果になってしまい、本末転倒である。現状の人海戦術によるクラスター対策は既に効果を失いつつあり、それを理由にPCR検査を抑制することは非常に危険である。感染者の発見の遅れは早期治療を困難にし、死亡率の上昇につながる可能性がある。今後のクラスター対策は人海戦術ではなく、ビッグデータや人工知能などの最新テクノロジーを用いた手段に切り替える必要がある。いずれにしろ、保健所のレベルでPCR検査を抑制することは直ちに止めるべきである。